バラの香りの研究家・蓬田勝之さんの講演会に参加してきました。とても興味深い内容だったので、その折のお話しと、参考資料にいただいた音源から読みやすく再編集してお届けします!

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バラの香り研究家・蓬田勝之さんの講演会に参加してきました!

▲神奈川近代文学館入口

ラの香りをさまざまな側面から専門的かつ科学的に分析し、研究を深めている蓬田勝之さんの講演会に参加してきました。会場となった神奈川県近代文学館の2Fホールは、熱心な参加者でほぼ満席。講演では、蓬田先生が行っている研究について、世界で初めて発見された「ティーローズ・エレメント」について、さらにバラの香りが人に与える効果についてなど、幅広いお話しを聴くことができました。

 

▲5種類の香りをつけた試験紙

また、試験紙に香りづけした5枚のサンプルを実際に回覧して嗅がせてもらえたのも、とても面白い体験でした。ティー系のバラにのみ存在する成分の香りは、わたしには、少し焦げ臭さと苦みを感じる香りでした。それがなぜモダン・ローズに特有のややツンとしたコスメっぽい香りとして認識されるのか、ちょっと不思議に思えました。

 

今回の記事では、講演会でお話しいただいた内容に、資料として配布されていた音源をプラスして、インタビュー記事風に読みやすく再編成しています。わたしが感じた「ティー」の香りの謎も、本文中で解決しますよ!

 

「パフューマリー・ケミスト」とは、「香りの科学者」

▲パフューマリー・ケミスト蓬田勝之先生

──蓬田勝之先生の肩書「パフューマリー・ケミスト」とはどんな職業ですか?

たしは以前、大手化粧品メーカー・資生堂の香料研究室で勤務していました。そこでの仕事は、会社のすべての商品に香りをつけるというものでした。香水はもちろん、石けんや口紅、化粧水など、それぞれに合う香り、その値段に見合った香りをつける仕事です。扱う香料には、天然香料、合成香料、調合香料があり、それらを組み合わせて香りをつけるのです。

 

長らく人の嗅覚を頼りに行われてきた調香ですが、ガス・リキッド・クロマトグラフィ(略してガスクロ)という機器が登場してきて、香りにおかしな成分が入り込んでいないかどうかを調べることができるようになりました。ちょうどこの機械が登場してきた頃にわたしは仕事を始めたのです。香料研究室では、花の香りの化学分析や成分分析を行い、データを取り、それらを蓄積するという仕事をするようになってきました。

 

会社を退社した後は、「蓬田バラの香り研究所」所長として、バラの香りを研究し、それを元に香りをつくったり、香りの情報をパフューマー(調香師)に提供してこれまでにない香りをつくってもらったりする仕事をしています。またストレスホルモンや心拍、脳波の計測から、香りが人の心理や生理に及ぼす効果についてのデータも蓄積しています。他に類をみない仕事なので、どんな名称がいいか考えた末に「パフューマリー・ケミスト」つまり「香りの科学者」という肩書にしました。

 

香りの世界でバラは「女王」

▲ローズ精油を採るバラ「ロサ・ダマスセナ」

──香りのなかでも「バラ」にこだわったのは、なぜ?

料の世界では「3大花香」というのがあります。ジャスミン、ローズ、スズランの花の香りです。それぞれジャスミンは「王様」、ローズは「女王」、スズランは「お姫様」と称されます。なかでもローズの香りはとても重要です。他の香料と合わせると、全体をよくまとめてくれるのです。さらに高級感も高めてくれます。王様のジャスミンでは、こうはいかない。ジャスミン単体ではとても良い香りなのですが、他の香りと組み合わせるとなかなかなじんでくれないのです。やはり王様は自分勝手なんでしょうか、使える範囲が狭いのです。

 

だから「香料の研究はバラで始まりバラで終わる」と言われるほどなんです。バラの香りは紀元前5000年頃から愛されていますし、2万数千品種を数えるほど幅広い園芸文化をもつ植物ですし、やはりバラは別格です。

 

鈴木省三さんとの共同研究でティーローズ・エレメントを発見

▲鈴木省三生誕100周年記念のバラ「ミスターローズ」

──ミスターローズの異名をもつ故・鈴木省三さんと共同研究されたそうですね。

っかけは、チーフパフューマーの中村祥二さんが「ローズ精油と生花のバラの香りが違うのはなぜだろう?」という素朴な疑問をもったことからでした。その頃のわたしたちは、ローズ精油のことは知っていても、生花のバラの種類なんて知りませんから、当時、京成バラ園芸の研究所長をしていた鈴木省三さんに連絡を取り教えを請うたのです。これが1981年のことです。

 

鈴木省三さんはとても熱心な方で、原種やオールド・ガーデン・ローズといって、現代バラの交配の親となるような貴重な品種を管理植栽されていたんです。それを背景にして「それじゃ、共同研究をやりましょう」とおっしゃってくれました。

 

その結果、ローズ精油を採取しているバラ(ロサ・ダマスセナやロサ・ケンティフォリア)はヨーロッパの原種バラを交配してできたオールド・ガーデン・ローズで、バラ園に咲く生花はほとんどがモダン・ローズであることが分かりました。

 

さらに研究を重ねることで、ローズ精油にはなくて、モダン・ローズに存在する、ある成分を見つけたのです。ティーの香りを主体にした「ジメトキシメチルベンゼン」という成分です。これをわたしたちは「ティーローズ・エレメント」と名づけました。

 

──「ティーローズ・エレメント」は、なぜモダン・ローズにだけ含まれるのですか?

▲ティー香の祖「ロサ・ギガンティア」

ラの香りには、大きく2つの系統があります。ひとつはダマスク系統の香り、そしてもうひとつはティー系統の香りです。

 

ダマスク系統の香りは、ブルガリアなどで香料を採るために栽培されているバラ(ロサ・ダマスセナ)に代表される香りです。甘さが強くて、少しフルーティーさもあります。著名な香水には、ほとんどこのダマスク系統のバラの香料(ローズ精油)が使われています。

 

ティー系統のバラの香りは、そのルーツをたどると、中国原産のロサ・ギガンティアというバラにいきつきます。ロサ・ギガンティアは、中国名を「大花香月季」(たいかこうげっき)といいます。このバラを含む4種類の中国原産のバラが、プラント・ハンターの手でヨーロッパに渡り、ヨーロッパ原産のバラと交配されそれまでになかった新しいバラがつぎつぎと作出されました。これらは、ロサ・ギガンティアゆずりのティーの香りを受け継いだバラでした。

 

▼中国原産のバラがヨーロッパにもたらされた直後のチャイナ系統、ティー系統のバラについて詳しくは、こちらをご覧ください。

 

さらに交配は進み、1867年、フランスのギヨーが「ラ・フランス」という名のバラを作出します。「ラ・フランス」は、春から秋まで繰り返し咲く完全四季咲き性をもつバラでした。香りはティーの香りです。それまでのバラは春のみの一季咲きでしたから、それらと一線を画す新しいバラということで、「ラ・フランス」以降のバラは「モダン・ローズ」と呼ばれるようになります

 

▲モダン・ローズ第1号の「ラ・フランス」

年に何度も咲く四季咲き性が人気になり、モダン・ローズは爆発的な発展をとげ、現代に至ります。このため、中国原産のバラを交配していない香料用のバラ(オールド・ローズのロサ・ダマスセナ)にはティー香は含まれていなくて、中国原産のバラを交配することで生まれたモダン・ローズには、多かれ少なかれほとんどのバラにティー香が含まれているのです。

 

▼「オールド・ローズ」「モダン・ローズ」の違いについて詳しくは、こちらをご覧ください。

 

──鈴木省三さんとの思い出話をお願いします。

▲鈴木省三さん作出の芳香バラ「芳純」

木省三さんは、とても魅力的でした。音楽や絵画やファッション、食べるものなど、何でも非常に上質なものに接する人でした。彼は育種家ですから、美しいと感じる感性を五感で吸収し、それをぜんぶバラを生み出すことに集中させていたのがよく分かりますよ。その姿勢に感激したものです。

 

こんなこともありました。

 

バラが咲くと、鈴木省三さんは10種類も15種類ものバラをカットしてアイスボックスに入れて、朝1番にわたしたちに持ち帰らせるわけですが、彼はなにしろおしゃべり好きだから、すぐに午後の1~2時になってしまう。それからわたしたちが研究室に帰ると、3時とか4時とかです。1つのバラの成分を明らかにするのに1時間~1.5時間かかりますから、それから10本も15本も成分分析をやっていると、朝までやっても終わらない。もう、機械の下に毛布を敷いて仮眠を取っていました。こんなことを春と秋のバラの開花期に4~5年くり返しました。

 

今となってはこれだけ膨大なデータが取れたわけだし、大変感謝していますが、当時は大変でした。

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ティーローズ・エレメントは、鎮静効果とストレス緩和効果にすぐれる!

▲ティーローズ・エレメントを多く含むバラ「レディ・ヒリンドン」

──ティーローズ・エレメントについて詳しく教えてください。

料を採取するために栽培されているダマスク・ローズには含まれていなくて、ほとんどのモダン・ローズに含まれている「ジメトキシメチルベンゼン」を、わたしたちは「ティーローズ・エレメント」と名づけたのですが、これ自体の香りは、紅茶の缶のふたを開けたときにする香りです。これがダマスクの香りと混じると、少し薬品のようなすっきりした香りに変化します。

 

味は「甘い」と「しょっぱい」を合わせると「甘じょっぱい」になりますよね。A+B=ABになるのです。でも香りの場合は違います。A+B=Cになります。香りの質が変化してしまうのです。

 

現代では、血圧や心拍、脳波を計測したり、ストレスホルモンとされているコルチゾールという物質の数値が簡単に計れるようになってきたので、バラの香りが人の心身にどう影響を与えるかのデータが取れるようになってきました。これにより香りが、自律神経系、免疫系、内分泌系、この3つの器官に作用することが明らかになってきました。

 

ティーローズ・エレメントには、強い鎮静効果があること、さらにストレス緩和効果があることも分かりました。

 

ローズ精油の香りにも鎮静効果は認められますが、実験からティーローズ・エレメントの鎮静効果はより強力であることが分かっています。気持ちをハイにする高揚効果があるジャスミンの香りに、ほんの少量のティーローズ・エレメントを加えるだけで、その香りは鎮静効果をもつようになるくらいに強力です。就寝時に枕元に置くにはぴったりの香りだと思います。

 

また、ストレス緩和効果が肌のバリア機能に働いて、傷ついた角質層の回復力を促進する効果があることも認められています。もちろんスキンケアだけでなく、ストレスの緩和により気持ちを前向きにしたり、自己肯定感を引き出すことにもつながります。

 

 

──ティーローズ・エレメントを含む香水があるそうですね!

ィーローズ・エレメントを含んだモダン・ローズの香水をいろいろつくっています。たとえば、「ヒーリング」「オスカル・フランソワ」「ラ・ベルポー」。これらにはとくにティーローズ・エレメントが多く入っています。

 

香りを身につけるのは、汗などの体臭を緩和する目的もありますが、ティーローズ・エレメントの入った香水なら気持ちを穏やかに整えストレスを軽減する目的で使っていただくこともできます。これらは、たとえティーローズ・エレメントの香りをかぎ分けられなくても、脳で認識して作用として働きます。

 

*モダン・ローズの香水は、「蓬田バラの香り研究所」公式サイト(記事下にリンクがあります)より購入することができます。

 

モダン・ローズの香りを7種類に分類し、香りを可視化

▲バラのパルファム図(紫色がダマスク香、黄色がティー香)

──世界で初めてモダン・ローズの香りを7種類に分類したことでも話題になりましたね

れまで30年くらいバラの香りのデータを取ってきまして、1000品種くらいのバラを調べてきました。たくさんのバラのデータが集まりましたので、これをそれぞれの特徴ごとに7つに分類しました。

 

1、ダマスク・クラシック(ダマスク・ローズのような甘く華やかな香り)

2、ダマスク・モダン(ダマスク・クラシックに似ているが、もっとすっきりとして洗練された香り)

3、ティー(グリーン・バイオレットの香りを基調に、上品で優雅な印象)

4、フルーティ(ダマスク香をベースにティーやフルーティ・フローラルがバランスよく入り、フルーツを思わせる香り)

5、ブルー(青バラに特有の香り)

6、スパイシー(ダマスク香をベースに、クローブやカーネーションのスパイシーな香りが強い)

7、ミルラ(ハーブのアニスに似た香りをもつ。イングリッシュ・ローズに多い香り)

 

さらに、これらを分類する元になっている10種類のノートを円グラフで表した「パルファム図」をバラの品種ごとに作成しました。これにより、目で見ることができない香りを目で見えるようにしたのです。さらに見やすくした「香りの表象マップ」も作成しました。

 

▼モダン・ローズの7つの香りのタイプについて詳しくは、こちらをご覧ください。

 

日本人が「美しい」と思えるバラの香りを提示したい

▲青バラには、特有の「ブルーの香り」をもつ品種が多い

──モダン・ローズを研究した先に、どんなものを思い描いていらっしゃいますか?

ラは西洋の花というイメージの方が多いと思いますが、ティーの香りをもたらしたバラが中国原産のバラだったり、日本にもモダン・ローズの育種に大きく寄与した原種バラがあります。こう考えると、バラはどこの国のものでもなく、世界じゅうの人々のための花と言えます。

 

これまではバラの香り=ダマスク香でしたが、ダマスクの強い香りは日本人には似合わない。西洋のマネではなく、日本人が「美しい」と思えるバラの香りを提示したいですね。

 

たとえば青バラに、そう強くはないけれどそのバラにふさわしい香りをもつものが出てきています。このあたりが日本的な美意識にかなった香りではないかと思っています。

 

バラの香り研究は、とても面白くて将来性もやりがいもある仕事!

▲新しいバラの品種は、ほとんどが素晴らしい香りをもつ

──最後に、読者に一言お願いします。

ラは、これからも美しさを求めて進化していきます。バラの香りも、より複雑で繊細なものが出てきていて、興味がつきません。

 

じつは香りの研究は遅れているジャンルです。それは、香りをあらわす専門用語がないことからも分かります。「甘い香り」といいますが、「甘い」は、味の表現ですよね。「青くさい香り」とか「優雅な香り」とか「ソフトな香り」とか、どの表現も香り専門の言葉ではありません。

 

今、分析機器の発達により、近代科学で香りにアプローチすることができるようになってきています。まだまだ新しい分野なので、新しい発見があります。いずれ、より人の嗅覚に近いものをシグナルとして取る方法が出てくるはずです。そうなれば、パルファム図も変わってくるはずです。

 

香りが人の心身にどう影響するかを研究する「アロマコロジー」や、鼻で嗅ぐだけでなく精油を希釈して飲んだり、マッサージすることで皮膚から体に取り込んだりする「アロマテラピー」で、どんな薬効があるかの研究も進めていきたいものです。

 

まだまだ研究する余地のある香り分野に興味をもち、より多くの方に携わっていただけたらと思います。

 

まとめ

バラの香りを現代科学でひも解く第一人者、蓬田勝之さんの講演をもとに、インタビュー風に再構成してお送りしました。楽しんでいただけたでしょうか?

 

第二次世界大戦後の平和の象徴ともなったバラ「ピース」は本当に美しいバラですが、残念なことに淡い香りしかもちません。ピースを親につくりだされた幾多の名花たちも、香りに恵まれませんでした。このことがきっかけとなり、アメリカバラ協会が「香りのないバラは笑わぬ美人と同じ」という標語を出して、バラの香りの復権を叫んだのだそうです。

 

そのかいあってか、現在では香りはバラの重要な要素となっています。新しく発表されるバラの多くが、香りの良い品種です。この傾向は、この先長く続くでしょう。だって、香りがないよりあった方がいいに決まっています!

 

しかもバラの香りは、ただ「良い香り」なだけでなく、心身に優れた影響を及ぼしてくれます。ダマスク・ローズの香りには、心を穏やかに鎮静させ、ストレスを軽減する作用が認められています。さらに女性ホルモンを増やす働きもあります。

 

ダマスク・ローズにはないティーの香りを合わせもつ「モダン・ローズ」の「ティーローズ・エレメント」は、ダマスク・ローズよりも強力な鎮静効果と、ストレス軽減効果が認められました。ほとんどのモダン・ローズにはダマスク香とティー香の両方が入っているので、モダン・ローズの香りの方がより効率よく香りの効果を引き出すことができそうですね! モダン・ローズを植えているみなさま、積極的に花の香りを嗅いでくださいね!

 

バラの香りを科学する試み、想像以上に深く、面白いお話しでした。蓬田先生は後継者を探していらっしゃるようです。我こそは! と、手を挙げる方はいませんか?

 

▼バラの香りが心身に与える効果については、こちらもご覧ください。

 

▼蓬田バラの香り研究所・公式サイト

モダン・ローズの香り製品は、こちらから購入することができます。

 

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