2023年春に発表された紅茶色のイングリッシュローズ「ダナヒュー」が世界的な話題となっています。「ダナヒュー」のネーミングに込められた作出者の思いと、「ダナヒュー」の魅力を紹介します。
デビッド・オースチン・ロージス社から2023年新品種「ダナヒュー」発表!
▲イングリッシュローズの「ダナヒュー」出展/デビッドオースチンロージズ
デビッド・オースチン・ロージズ社から今年2023年に発表された新品種に「ダナヒュー」(Dannahue)というバラがあります。近年人気のアプリコットカラーですが、紅茶のような落ち着いた雰囲気をもつ、これまでのイングリッシュローズになかった花色のバラです。
中央がくぼむハート形の花びらを重ねた、いかにもイングリッシュローズらしい可愛らしいディープカップ咲きの花ですが、花色のおかげで洗練された大人っぽさを醸します。和風庭園や茶室にも似合いそうで、日本で人気になりそうな品種ですね。
「ダナヒュー」は、英国で人気のガーデナー、ダニー・クラーク氏に捧げられたバラ
▲「ダナヒュー」を手に微笑むダニー・クラーク氏 出展/デビッドオースチンロージズ
多くのイングリッシュローズには人物名が冠せられていますが、この「ダナヒュー」は、イギリスで人気の黒人ガーデナー、ダニー・クラーク(Danny Clarke)氏に捧げられたバラです。ダナヒューは、ダニー・クラーク氏の正式なファーストネームなのだそう。
ダニークラーク氏は、庭造りの設計を手掛ける会社を営みながら、恵まれない境遇にある若者たちに園芸を教える「Grow To Know」運動に関わっています。
「Hands off Mangrove」の庭に感銘を受けたことが始まり
▲銀賞を受賞した「Hands off Mangrove」の庭 出展/RHS(英国王立園芸協会)公式
そもそもデビッド・オースチン・ロージズ社の現代表・二代目デビッド・オースチン氏が新品種のバラに「ダナヒュー」と名付けたきっかけは、2022年に開催されたRHS(英国王立園芸協会)主催のチェルシーフラワーショーで銀賞を受賞したダニー・クラーク氏の庭に感銘を受けたことからです。
「Hands off Mangrove」(マングローブに手を出すな)と名付けられたこの庭には、「世界的森林破壊」と「社会的不正義」という2つの重要なメッセージが込められていました。
マングローブ林の減少は深刻な環境破壊を招いている
▲マングローブは汽水域に生える貴重な植物
マングローブは、海水と淡水がまじりあう汽水域に生える植物です。エビの養殖などのためにマングローブ林が伐採されることにより、深刻な環境破壊が引き起こされています。
フィリピンやバングラディッシュでは台風の高波の影響で、陸地に住む何万人もの人や家や家畜が失われています。また、ひとたび海水をかぶった水田は、その後何年も稲作をすることができません。さらにマングローブ林の伐採が進むことで、マングローブ林を中心に成立していた生態系が崩れてしまい、そこに棲む生物の多様性が失われてしまっています。
「Hands off Mangrove」というネーミングには、環境保全を考えマングローブをはじめとする森林伐採をやめようというメッセージが込められています。
英国人種差別問題の転換点となった重要な事件「Mangrove nine」裁判
▲「スモールアックス」第1話「マングローブ」 出展/スターチャンネル公式
Hands off Mangroveに込められたもうひとつのメッセージは、社会的不正義を許さないというものです。
Mangroveは1968年にイギリスのノッティングヒルに開店した飲食店で、西インド諸島からやってきた移民たちが多く集う場所でした。この店が当時問題になっていた麻薬売買などの中心となっているとふんだ警察から執拗な捜査を受け、ついに店は存亡の危機に瀕します。
これに抗議する形で、1970年に150名の黒人たちがデモを開催。これに対して警官と覆面捜査員は総勢500名で鎮圧にかかり、9人の黒人が逮捕・起訴されるという事態に。
しかし最終的に裁判で9人全員が無罪を勝ち取ったという事件です。
イギリスでも、もう知る人は少ない事件だそうですが、これを題材にスティーヴ・マックイーン監督がTVシリーズ「SMALL AXE」を制作しています。スターチャンネルで視聴することができるので、興味のある方はご覧になってみては?
わたしたちロザリアンは、バラで世界とつながっている!
環境問題や人種差別問題。国際社会において、どちらもわたしたちが注目し、いずれ解決すべき重要な社会問題です。
アメリカのニューヨークタイムズでは「バラの新品種にイングリッシュローズで初めて黒人名がつけられた」という切り口で「ダナヒュー」を紹介しています。人種差別問題に敏感なアメリカならではの視点でしょう。
が、どちらかというと我々日本人にはあまり馴染みがない問題かもしれません。
でもこのバラのネーミング背景には、二代目デビッド・オースチン氏がダニー・クラーク氏が手掛けた庭に感銘を受けたことからなのだと。そしてその庭には「世界的森林破壊」と「社会的不正義」という2つの重要なメッセージが込められていたのだ、と知るのはとても意味深いことだと思います。
わたしたちロザリアンは、バラで世界とつながっているのですから!
ところで、アメリカではバラの品種名に黒人名がつけられたことに注目していますが、当の名付け親の二代目デビッド・オースチン氏に黒人・白人という意識はまったくなかったのだとか。感銘を受けたガーデナーにバラを捧げたい。それがたまたま黒人だった。という経緯なのだそうです。
「ダナヒュー」は、日陰や鉢栽培にも向く、強健で育てやすいバラ
▲花台に並ぶ「ダナヒュー」 写真提供/天女の舞子
デビッド・オースチン・ロージズ社の公式サイトによると、「ダナヒュー」は、「鉢植えはもちろん、壁やフェンスに囲まれた薄暗い日陰のような場所でも育てられる」とあります。
さらにコンパクトな直立樹形で、レモン、ライチ、フレッシュなアプリコットのような甘くフルーティーな中香をもつとも。
都市部では、1日じゅう日の差す場所でバラを育てるのは難しいです。でも、たとえば我が家のようなマンションのベランダや、向かいに背の高い建物があるなどの半日陰の環境でも十分育てやすいたくましいバラということで、これは嬉しい品種ですね^^
十分な日照が得られない環境の方や落ち着いた雰囲気にしたい方に、ぜひオススメしたいバラです。
くわしくは、デビッド・オースチン・ロージズ社公式サイトをご覧ください
▼デビッド・オースチン・ロージズ社公式サイト
まとめ
デビッド・オースチン・ロージス社から送られた新品種紹介の冒頭に、こう書かれています。
「ダナヒュー」というハンサムな名前が付けられていますが、これはダニー・クラークの名にちなんだもの。
わたしはこの一文をとても気に入っています。とくに「ハンサム」ということころ。
バラの「ダナヒュー」を見かけるたびこの一文を思い出し、恵まれない環境にある若者たちに園芸の楽しさを伝える活動をしているハンサムなダニー・クラーク氏に思いをはせてしまうでしょう。そして、環境破壊や人種差別問題にも思いをはせる。とても意味深いネーミングだと思います。
さまざまなバックストーリーをもつ品種名のバラがたくさんあります。ひとつひとつ紐解いていくのも、ロザリアンならではの楽しみ方ですね^^
*今回の記事をつくるにあたり、デビッド・オースチン・ロージズ社に個人的に2点質問しました。わざわざイギリス本社まで問い合わせていただき、その誠実な対応に感謝しています。ありがとうございました。
参考文献
RHS(英国王室園芸協会)公式 https://www.rhs.org.uk/shows-events/rhs-chelsea-flower-show/Gardens/2022/hands-off-mangrove-by-grow2know
国立環境研究所「マングローブと環境問題」 https://www.nies.go.jp/kanko/news/26/26-4/26-4-04.html
スターチャンネル公式「スモールアックス」 https://www.star-ch.jp/drama/smallaxe/sid=1/p=t/
ニューヨークタイムズ「Prestigious Rose Breeder Names Its New Bloom for a Black Gardener」 https://www.nytimes.com/2023/06/17/style/david-austin-roses-danny-clarke.html
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