ターシャ・テューダーは、アメリカの絵本作家であり、挿絵画家であり、園芸家。アメリカのバーモンド州の町はずれで19世紀の農村のような自給自足の生活をしながら素晴らしい庭園を作り上げた女性です。彼女は2008年に92年の長い生涯を閉じましたが、その豊かで美しい暮らしぶりに憧れる人は今なお世界じゅうにいます。今回は、ターシャ・テューダーの暮らし方と彼女の庭を紹介します。
ターシャ・テューダーは、2度オナー賞に輝いた絵本作家
パンプキン・ムーンシャインTasha Tudor Classic Collection (ターシャ・テューダークラシックコレクション)
まず、ターシャの絵本作家としての仕事を紹介しましょう。
ターシャ・テューダーは、1938年、『パンプキン・ムーンシャイン』(Pumpkin Moonshine)という、女の子がハロウィンのかぼちゃを探しに行くというストーリーの作品で絵本作家としてデビューします。それから2008年92歳で亡くなるまで、生涯にわたり100作近い絵本作品を出版しました。身近な世界を絵本にしたターシャの作品は、アメリカの子どもたちに大人気だったのだそうです。
1945年に『マザー・グース』で、1957年に『1 is One』という作品で、ターシャは2度、コールデコット・オナー賞を受賞しています。コールデコット賞は、その年に出版されたもっとも優れたアメリカの絵本に対して贈られる賞で、アメリカでもっとも権威ある児童書の賞のひとつ。コールデコット・オナー賞は、次点作に送られる賞です。
57歳から自給自足の生活を始める
ターシャ・テューダーのガーデン [ トーヴァ・マーティン ]
4人の子どもたちをすっかり育て上げた1972年、ターシャ57歳の年、彼女はバーモント州南部にある250エーカーの広大な敷地を購入し移り住みます。
そこに家具職人である長男のセスが、ターシャの希望通りに1740年代に建てられた農家そっくりの家を建ててくれたのです。ターシャはこの家と庭を「コーギー・コテージ」と名付けます。コーギー犬が大好きだったので、そこから取った名称なのでしょう。
このコーギー・コテージを舞台に、ターシャは自らの美意識にかなった暮らしを営みます。庭で花や野菜を育て、料理し、糸を紡いで布を織り洋服に仕立てる。ほとんど自給自足の、手間のかかる、19世紀に逆戻りしてしまったかのような生活です。さらにターシャは庭の花を絵に描き留め、それを絵本にして発表しました。
スローライフを求める人たちにターシャの暮らしが支持される
ターシャが自給自足の19世紀のような生活を送っていたちょうどその頃、マクドナルドの「ファストフード」というコンセプトに対抗する言葉として「スローフード」が提唱され始めました。さらにスローフードから派生して、ゆったりとした暮らし方が「スローライフ」と呼ばれるようになりました。
電気や水道はあるけれど、生活を便利にする家電は最小限に留め、庭に美しく花を育て、手のかかるかまどで食事を作り、糸から紡いで服を仕立てるターシャの昔風の生活は、次第に「スローライフ」として注目を集めるようになりました。
庭は「なんとなくできたのよ。いろんなものが育っていって」
コーギー・コテージの庭やそこでのターシャの暮らしぶりは、写真家の手により何枚もの美しい写真で紹介されています。どの写真も花にあふれ、誰もが一瞬で魅了されてしまうほどの美しさです。
赤みの強いクラブアップルの木とその足元に群れ咲くクリームイエローのラッパスイセン。青いワスレナグサに縁どられた小路。妖精の輪のように丸く植えられた淡いピンク色のナデシコ。紫色のルピナスとシャーベットカラーのケシの組み合わせ。
どこをとっても美しいコーギー・コテージの庭ですが、ターシャはいつもこう言ったそうです。
「なんとなくできたのよ。いろんなものが育って」
きっと綿密な計画の元に作られたに違いない! と思って質問した人は、こうふんわり答えられて、いつも唖然としてしまったそうなのですが。でも、実際にターシャの本を読むと、庭は毎年少しずつ変化していったようなのです。
気に入らない植物は容赦なく抜かれ、お気に入りの花はより映える場所に移動され、ある年は誘引する棚が増えたりと、しょっちゅう試行錯誤が繰り返されていたようです。さらにシャクヤクならこの色、パンジーならこの色と、画家らしく花の色には強いこだわりがあったとか。
けっきょくターシャの庭は、彼女のセンスと試行錯誤の末にできた庭で、それが「なんとなくできたのよ」という言葉の意味なのでしょう。その言葉の示す意味を知ってしまうと、ターシャの気軽な感じの言い方とは対照的に、他の人が真似しようとしてもできない絶妙なバランスでできているのだと思い知らされてしまいます。
しかも彼女はとんでもなく働き者なのです! そう簡単に真似できる庭ではないのです。
オールド・ローズとイングリッシュ・ローズがお気に入り
▲「ニュー・ドーン」は、世界バラ会議で殿堂入りした名花
コーギー・コテージの庭にはもちろんバラも咲いています。
「メイドンズ・ブラッシュ」「ヨークアンドランカスター」「ロサ・カニナ」など、原種やオールド・ローズが多いのですが、淡いピンク色のモダン・ローズ「ニュー・ドーン」もあります。「ニュー・ドーン」の強健さには、ターシャも舌を巻いていたそうです。
「ヘリテージ」「メアリー・ウェッブ」などのイングリッシュ・ローズもお気に入りです。作出者のデビッド・オースチンの著作には必ず目を通していたそうです。ターシャの選ぶバラはどれも香りのよいものばかりです。
「喜びは創り出すもの」
わたしたちの生活は、昔に比べてとても便利で快適になりました。スイッチひとつで真夜中だって昼のように明るくなるし、レンジでチンすればすぐに暖かいものが食べられます。
でも、たとえば夜を明るく照らすために蜜蝋を煮溶かしロウソクを手作りしたとしたら。ぽっと灯った手作りロウソクの灯りは、とても感動的なものになるでしょう。畑で育てたじゃがいもと、飼っている山羊の乳で作ったチーズの料理は、特別にありがたく美味しく感じることでしょう。
そう考えると、わたしたちの生活には感動できる機会がたくさん潜んでいることに気づかされます。便利な生活は快適さとひきかえに、喜びの機会を切り捨ててしまっているのです。
「喜びは創り出すもの」
ターシャの言葉は、日常に潜む数々の喜びの機会に気づかせてくれる一言です。ときどき思い出して、丁寧で面倒くさい、そして感動のある毎日の生活を手作りしてみるのもいいのではないでしょうか。
日本版ターシャの庭が「花フェスタ記念公園」に!
日本ではNHKでターシャの番組が放映されたことから人気になりました。日常に喜びを見出す、ターシャの生活哲学は、今でも多くの女性に支持されています。
2005年に開催された「花フェスタ2005ぎふ」に合わせて、「ターシャの庭」が日本で再現されました。何枚もデザイン画を起こし、当初は予算もままならないままに見切り発車し、再三アメリカのターシャを訪れてようやく実現したプロジェクトでした。
もちろんアメリカにある本物のターシャの庭と同じというわけにはいきませんが、しっかりとターシャ本人と打ち合わせを重ねてできた、ターシャ・テューダー公認の日本版の庭です。
日本版ターシャの庭は、現在も「花フェスタ記念公園」の一角で守り育てられています。庭が見られるのはもちろん、併設された「ターシャの家」では、ここでしか視聴できない未公開DVDが上映されています。手作り講座や展示会が開催されたり、お土産物が買えるショップもあるようですよ!
まとめ
丁寧な暮らしの中に喜びを見つけるスローライフを、美しい庭とともに魅力的に見せてくれたターシャ・テューダーさん。その生活哲学の美しさに、庭づくりのセンスのよさに魅了され、亡くなった今でも彼女に憧れる人は世界中に存在します。
ターシャさんと同じような生活をすることはできないけれど、そのエッセンスを取り入れて、日々の暮らしを心豊かにすることはできます。一鉢のバラでも構いません。毎日の暮らしに花を育てる手間を取り入れてみませんか? 日々の水やりの面倒さを補って余りある喜びを、きっともたらしてくれますよ!