バラは、素晴らしい香りをもつ花ですが、かつて花の美しさを愛でるため香りは邪魔だとすら言われていた時代がありました。バラの香りにポイントを絞った歴史と、バラの香りをより堪能するために覚えておきたい3つの条件をまとめました。

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バラの香りの歴史/ローズは香りの女王!

▲「ロサ・ダマスケナ・トリギンテペタラ」(Rosa × damascena trigintipetala)通称「カザンラク」

フューマー(調香師)の世界では、ローズの香りは「香りの女王」とたたえられます。甘く、優雅で、どこか脳の芯をしびれさせるような、魅惑的な香りですよね。たとえば「シャネルNO.5」などの著名な香水にはほぼ100%ローズ精油が配合されているそうです。

 

古くからバラは花の美しさはもちろん、その香りの良さが注目され薬としても使われてきました。紀元前から現在に至るまで、バラの香りは人々を魅了し続けているのです。

 

まず、バラの香りの歴史をざっと紹介しましょう。

 

バラの世界にも流行がある

▲中近東原産の原種バラ「ロサ・フェティダ」(Rosa foetida)

ラの世界にも流行があります。もともとヨーロッパに自生していた原種バラを交配してつくりだされたオールド・ローズには、白~ピンク・赤紫色の花色で一季咲きの品種しかありませんでした。これらは強い弱いはありますが、ダマスクの甘い香りをもつ品種がほとんどでした。

 

ここにプラントハンターの手により四季咲き性、大輪、ティー香、紅色、ごく淡い黄色をもつ中国のバラがもたらされます。ヨーロッパのバラに中国のバラを交配してついに1867年フランスのギヨーにより完全四季咲き性をもつ大輪バラ「ラ・フランス」が誕生します。「ラ・フランス」は、新しいバラの世界の扉を開いたとして話題になり、これ以降のバラの系統は「モダン・ローズ」、これ以前のバラの系統は「オールド・ローズ」と呼び分けられるようになります。

 

西アジアの原種バラ「ロサ・フェティダ」は、ヨーロッパにも中国にもないはっきりした黄色い花です。このバラの性質を受け継いだバラ「ソレイユ・ドール」がフランスの育種家の手により1900年につくりだされます。これによりヨーロッパのバラの世界に色鮮やかな黄色やオレンジ色がもたらされました。

 

20世紀初頭、ヨーロッパでは大輪でビビットカラーのバラが流行し、つぎつぎ新しいバラが生み出されました。これまでの流れを考えれば当然といえば当然の流れですね。

 

バラの育種家にとって、「花の色、形、香り、育てやすさ」これらすべてが揃ったバラをつくりだすのが理想でしょうが、そううまくは行きません。とくに「香り」と「育てやすさ」は反比例することが多いようです。香りを重視すれば病気にかかりやすい育てにくいバラになりやすいとして、香りはあまり顧みられなくなっていきました。そのため、当時のバラは、見た目は美しいけれどあまり香りのないバラが多く作出されました。

 

「香りのないバラは、笑わぬ美人のようだ」

▲ダマスク系の甘い香りをもつイングリッシュ・ローズ「メアリー・ローズ」

ラの大きな魅力である香りを忘れたかのような育種が続くのを憂えたアメリカバラ協会の会長は「香りのないバラは、笑わぬ美人のようだ」と言い、イギリス王立バラ協会の会長は「香りはバラの魂であり、香りのないバラは花ではない」と発言しています。

 

1961年、イギリスの育種家デビッド・オースチンが最初のイングリッシュ・ローズとなる「コンスタンス・スプライ」を発表。イングリッシュ・ローズはオールド・ローズを親に育種されているので、ほとんどが良い香りをもちます。オールド・ローズの花形とモダン・ローズの四季咲き性を兼ね備えたイングリッシュ・ローズは、欧米でたいへんな人気になります。こうしてオールド・ローズの花形と同時に香りも復権したのです。

 

1990年代に入り、日本でガーデニングブームが沸き起こります。当時、日本で主流だった剣弁高芯咲きのバラだけがバラではなく、丸い優しい咲き方をする香り高いバラがヨーロッパにはあるのだと日本に紹介されたのが、きっかけのひとつでした。日本でもオールド・ローズやイングリッシュ・ローズの優し気で香りの良いバラが人気になりました。

 

そして現在、香りはバラの重要な要素と捉えられています。庭に植えるなら香りの良い品種を選びたいというニーズがこれまでになく高まっているのにともない、新しく発表されるバラのほとんどが強い香りをもちます

 

さらにバラの香りには、ただ「良い香り」以上の効果が解明され始めています。天然のバラの香りには、気持ちを鎮静化させ、ストレスを軽減し、女性ホルモンを促す効果があるとする研究結果が相次いで発表されています

 

強香のバラは意外とたくさんある!

▲フルーツ系の強香で人気の「ナエマ」

ともとヨーロッパに自生していた原種バラやそれらを交配してつくられたオールド・ローズには、ダマスクを基本とした良い香りがあります。なかでも特に香りのよい「ロサ・ダマスケナ・トリギンテペタラ」に代表されるバラ(通称「カザンリク」)は、香料を採取するためにブルガリアやトルコで広範囲に栽培されています。

 

上で紹介したように、一時バラの香りを忘れたかのような育種が続いた時代はありましたが、そんな時代でも強い香りをもつ品種はいくつも存在しました。

 

さらにほとんどが香り高い品種のイングリッシュ・ローズや、現代の香りブームに乗り2000年以降に作出されるほとんどのバラが中香~強香品種です。

 

つまり、香りの良いバラは、意外とたくさんあるのです。これをくまなく紹介するのは難しいのですが、人気の高い品種を中心に、次回まとめてみようと思います。バラの品種選びの参考にしてください。

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強香バラなのに、香りが感じられないことも!

▲まったく香りが感じられなかった「芳純」

前、こんなことがありました。とあるバラ園で、強香バラとして名高い「芳純」を見つけたわたしは、大喜びで花に顔を近づけました。ところが、ほぼまったくと言っていいくらい香りがしないのです。それまで他のバラの香りをいろいろ嗅いでいたので鼻がおかしくなったかと思い、一緒にいたアロマセラピストの友人を呼び寄せ、友人にも「芳純」の香りを嗅いでもらいました。

 

やはり友人も「まったく香らない」と言います。さらに「これで芳純って名前なの? 名前倒れだわね!」なんて言い出す始末。そのときには二人で頭を傾げつつ「芳純」を後にしたのですが──。

 

▲素晴らしい香りがした「芳純」

翌年、別のバラ園で見つけた「芳純」は素晴らしい香りでした! 甘すぎず、クールすぎず、とてもバランスの良い香りです。詳しくは分かりませんが、「カザンリク」に似た個性の強すぎない澄んだ香りだと思えました。とても以前に香りを嗅いだバラと同じ品種とは思えないくらいかぐわしい!

 

写真を見比べてみれば一目瞭然ですね。友人と一緒に香りを確かめた「芳純」は、花びらの枚数も少なく開き切っています。翌年に素晴らしい香りがした「芳純」は、たくさんのつぼみを従え、満開を迎えたばかりの様子

 

このように、バラはいつでもよく香るわけではなく、どんなに強い香りをもっている品種でも、条件が悪ければほとんど香りが感じられないこともあるのです。では、より強く香りを楽しむためには、どんな条件が必要なのでしょう?

 

バラの香りを堪能するための3つの条件

▲バラの香りの専門家・蓬田勝之さんの講演会に出席した折に掲示された資料写真

条件その1、バラの状態は、開き始めの頃がもっとも香りが強い

ラは、つぼみからほんの少しほころんだくらいがもっとも強く香ります。しかも、開花するに従い、香り立ちも香りの質も変化していきます。上の図は「パパ・メイアン」の香りが、開花とともにどう変化していったかを表した図です。花の写真を取り囲むさまざまな色グラフは、その花にどの香り成分がどれくらいの量、含まれていたかを分析した結果が表示されています。黄色がティー香、赤紫色がダマスク香です。

 

■左上/「開花はじめ」はティー香(黄色)を多く含んだ強い香りがしています。

■中/開くに従い香りは弱くなり、「5分咲き」ではティー香はあまりしなくなってきます。ティー香に変わってダマスク香(赤紫色)が強く香るようになっていきます。

■右下/「満開」の状態ではティー香はほとんどなく、ダマスク香も「5分咲き」の1/5以下の分量しかありません。

 

条件その2、早朝がもっとも香り高い

ラの香りは、時間によっても変化します。早朝、朝日が昇ると同時にバラは香り成分を放出しはじめます。蓬田勝之さんによると、早朝8:30頃の香り立ちが100だとすれば、昼にはもう30くらいの香り立ちしかなくなり、夜明け前には19の香り立ちしかなくなってしまうのだそうです。

 

このため、香水用のローズ精油を生産しているブルガリアのカザンラクでは、夜明けとともに花摘みを始め、朝の10時にはもうその日の収穫を終えてしまうのです。バラの香りをもっとも強く感じたいなら、早起きが必須です!

 

条件その3、春なら日の出から数時間、秋なら午前中。天候は薄曇りがベスト

バラの季節には、ときに汗をかいてしまうほど暑くなる日もあります。高温時期には、香りは一気に放出されて飛んでしまいがちです。その点、秋は気温が低いので、香りがゆっくり放出される傾向があります。春バラの季節には日の出から短い時間で香りが飛んでしまうのに対して、気温の低い秋のバラは比較的長く強い香りが感じられます。

 

たとえば日の出の早い春の暑い日には朝9時にはもう香りが飛んでしまうこともあるかも知れませんが、日の出が遅い秋の寒い日なら午前中いっぱいは素晴らしい強香が楽しめるというわけです。「秋バラは香りが強い」と言われるのは、どうやらこのためのようです。

 

同じように、日の出とともに急激に気温が上がる晴天の日よりも、少しずつ気温が上がる薄曇りの日の方が、より長く強香を楽しめます。晩秋の寒い日などは、バラを両手で包み込み、少し温めてやるとより香りが感じられます。

 

自分で育てるからこそ最高の香りに会える!

くさんのバラ咲くバラ園でもバラの香りを楽しむことはできますが、咲き始めのバラの香りを早朝に心行くまで嗅ぐことができるのは、やはり自宅で育てているからこその特権でしょう。

 

オールド・ローズに特徴的な甘いダマスク香、モダン・ローズに特徴的な爽やかさを感じさせるティー香、イングリッシュ・ローズのどこか薬っぽさを感じるミルラ香、青バラのブルーの香りなど。バラには、その品種ごとにさまざまな香りがあります。さまざまな香り高い品種を育てて、最高の香りを心行くまで堪能したいものですね!

 

まとめ

バラの香りがどのような進化をたどって現在の香りブームにつながっているのか、まずバラの香りの歴史について紹介しました。5月に開催された「国際バラとガーデニングショウ」でロサ・オリエンティスの木村卓功さんも話してられましたが、花も樹勢も香りも良いバラというのはそうそうできるものではなくて、花がきれいだけど香りがないとか、花も香りも良いけれど育てにくいとか、試作品はほとんどそういうバラばかりなのだそうです。そこが難しいところであり、面白いところでもあるのでしょうけれど。


かつて「見た目」と「育てやすさ」を重視して「香り」をあきらめたような育種がされたのも、育種家からすればすごく気持ちが分かるところなのでしょうね! その反省をこめて現代の素晴らしい香りのバラができてきたことを考えると、決して無意味な遠回りでもなかったというところでしょうか。


香りのバラをより楽しむための3つの条件も頭の隅に置いておいてください。


今考えれば、わたしが最初に香りを確かめた「芳純」は、ほとんど最悪の条件だったのですね。花は開き切ってしまっているし、しかも時間は午後2時~3時ごろでした。もっとも香り立ちの良い早朝から比べると30%以下の香りしかない時間です。香りを楽しみたいなら、早朝に出かけるのが必須です。


それが大変なら、やはり自宅で育てるのが一番です^^


次回は、香り高いバラ品種を一覧にしてまとめます。お楽しみに!

 

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